コーヒーの歴史

2008年08月23日

ん…!?早くも 秋の気配

50d5f700.jpg写真はナゼか?咲いてしまった紫陽花…

で 奥に見えるは朝顔の鉢。(ベンチ左)

 今日は 朝から コーヒー豆が 売れています。
焙煎しっぱなしで やっと 落ち着きました。

これくらい 涼しいと ホットコーヒーが  飲みたくなりますもんね

気温を計って 統計を取ってる 訳ではないので

              何とも言えないけど  長年の経験では

            半袖で 少し寒いと 感じると コーヒー豆が売れ出します。

            このまま 秋にになっちゃえば イイノニ (^^)

            あっ!いかん…オイラの夏休み まだだった…



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2008年07月14日

アメリカに伝わったコーヒー

今日は、すごい湿度で  不快指数300%位ですね。 なんだか 怪しい 雲行きで カミナリも鳴ってます。 

 夕立が 来そうな感じです 。外を見ると 慌てて家路に急ぐ 人が目立ちます。 雨に濡れずに帰れると良いですね

 

さてさて、今日は、39b17171.jpgキャプテン・ジョン・スミスによって  新大陸アメリカに初めて コーヒーが 紹介された事の話です。 

1773年の『ボストン茶会事件』が  きっかけでした。

世界史の 教科書にも載ってましたよね。

『ボストン茶会事件』とは…

イギリスは,コーヒー貿易で オランダや フランスとの 競争に破れ, 紅茶貿易に 転換しました

イギリスは 『茶条令』を 発布し 輸入紅茶を 独占し 価格を吊り上げ, さらに 重税を課しました。

当時,イギリスの 植民地だった アメリカは  これに 猛反対 ボストンに 停泊していた イギリス東インド会社の 船を 襲撃し

積み荷の 紅茶を 全て 海に 捨ててしまいました。

この事件を きっかけに アメリカはコーヒーの 消費量が伸びていきます。

やがて 独立戦争,西部開拓時代を経て アメリカは 世界最大のコーヒー消費国, 世界で 1番コーヒー好きの国に 変わっていく事になるのです。

前回のコーヒーの歴史に書いた ナポレオンの 話もそうですけど、 コーヒは、世界史の 重要な出来事に 絡んでくる事も多いですね



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2008年06月29日

キャッチコピー

fbb42393.jpg(写真は カフェパウリスタ神戸店。 見ずらくてスミマセン)

いろんな商品に  多かれ少なかれ 様々な キャッチコピーが 付いていて その良し悪しで 

思わず 手を延ばして 買ってしまう…

なんて事ありますよね。  まめぞうでも  頭を悩ます所でもあります。

今日は そのキャッチコピーの話しです。

 今年で 日本人が ブラジルに移民して100年になります。

第1回目の 移民が ブラジルに渡った翌年, ブラジル政府は  その御礼と日本での コーヒーの普及も兼ねて  コーヒー豆の 年間90トンにも及ぶ
無償供与を 決めたのです。

それを 捌く為に 『カフェパウリスタ』が 銀座にオ−プンします。

本格的な コーヒーを 提供するこの店が 現代の喫茶店の 原形になって 行ったのです。

この銀座本店に 続き 名古屋,神戸,横須賀と 支店を増やし 10年の間に 22店を 数えるまでになり コーヒー飲用を 全国に 広める事になりました。

その カフェパウリスタ銀座本店 オ−プンの時, 無料サ−ビスや 試飲会など当時としては  奇抜なものでしたが, 銀座通りの 道行く人々に 

配られた コーヒーの試飲券に  書かれていた キャッチコピーが 洒落ていました。

『悪魔の如く黒く, 地獄の如く熱く, 天使の如く清らかで, 恋の如く甘い』

ど〜です  凄くないですか? このフレ−ズ!

 こんな フレ−ズを 思い浮かべたいモンですね



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2008年06月13日

ナポレオンとコーヒー

「私の辞書に不可能はない…」って  本当に言ったのかなぁ。

普通の人は、なかなか言えませんね、よほど自分に自信がないと。

ほとんどの方が 知ってるであろう  フランスの皇帝ナポレオンとブラジルコーヒーには  実は密接な関係があります。

ナポレオンは 1807年にイギリスへの植民値からの 物資を絶つ為に 
イギリスの同盟国であった ポルトガルを占領し 港を閉鎖して 大陸封鎖を行いました。

翌年、 ついに ポルトガル王室は, 当時、植民地であったブラジルに首都を移転します。

その当時  世界最大の 砂糖輸出国であったブラジルは 砂糖を輸出することが 出来なくなります。

また 砂糖を 輸入出来なくなった ヨ−ロッパ各国は 自給自足を 余儀なく
される事になります。

この中で プロシア(現ドイツ)が 甜菜(砂糖大根)から 砂糖を作る事に 成功し
ブラジルの 砂糖産業は 大きな打撃を受け、 転換期を迎える事になります。

結果的に ブラジルは 砂糖産業から コーヒー産業へ大きくシフトし 

世界第一位の 生産国になる スタートを 切ることになったのです。



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2008年05月07日

世界に広がったコーヒー栽培

コーヒーの発見伝説の話を 先週書きましたが 今日はその続きです。

コーヒーが発見されてから コーヒーの苗木は 長らくイスラム教寺院で 厳しく管理され 持ち出しを厳しく 管理されていました。

その厳しい目を かいくぐり持ち出したのは 1600年頃メッカに巡礼に来ていた ババ・ブータンです。彼はその苗木を 南インドのマイソールで栽培し 南インド一帯は コーヒー栽培地として発展していきました。

インドからインドネシアに オランダ人の手によって コーヒーの苗木が入ったのは 1699年です。その後 フランスルイ14世に献上されます。

そこでも やはり 厳しい管理下のもと コーヒーは栽培されましたが、海軍士官ガブリエル・ド・クリューによって 持ち出され カリブの小島、マルチニーク島にたどり着きます。この木が原木となり 中米の国々に伝播して行ったのです。

その昔、コーヒーは、持ち出しを禁止され 厳しく管理した貴重品でした。
この二人の苦労によって コーヒーの栽培は 世界に広がっていく事と なったのです。

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mamezou55 at 11:49|PermalinkComments(3)TrackBack(0)clip!

2008年04月29日

コーヒーの発見伝説

GWに入って やっと という感じで 天気が良くなってきました。すがすがしい爽やかな陽気です。遊びに行きたくなりますね。

さて、今日は人とコーヒーの出会いの代表的な話を2つ

1つ目は、「ヤギ使いカルディの伝説」です。

エチオピアのアビシニア高原には、野生のコーヒーが人知れず育っていました。

ある日、放し飼いにしていたヤギが赤い実を食べて興奮しているのを見た ヤギ使いのカルディが 修道院の僧侶と相談して その実を食べてみると

全身に精気がみなぎり、気分がスッキリしました。それ以降、僧侶たちは 修行の際の 眠気覚ましとして このコーヒーの実を煎じて 飲むようになったのです。

この話は聞いた事のある人もいるかもしれません。

あともう一つ・・・

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